

オッペンハイマー
Oppenheimer
監督:クリストファー・ノーラン
2023年 アメリカ
3時間途切れることなく畳みかけてくる分、昔の映画のようにインターミッションでいったん整理して小休止したいと思えるほど、濃密で重厚な映画だった。彼が後悔した瞬間のことを、全世界はどんな気持ちで観たのだろうか。核兵器、赤狩り、政治判断。恐怖と危機感を切実に訴えてくる。


ちひろさん
監督:今泉力哉
2023年 日本
逞しくて、賢くて、優しく見える人も、本当は壊れる手前で踏ん張って生きているのかもしれない。そうした想像を持つこと。有村架純の素晴らしさが、また一段と際立っていた。


瞳をとじて
Cerrar Los Ojos
監督:ビクトル・エリセ
2023年 スペイン
時は熟し、時は来た。ビクトル・エリセ監督の新作を劇場で味わうという、神秘的な映画体験にただただ没入。アナ・トレントの存在と、彼女の瞳が改めて刻まれる。かつて映画監督だった男はエリセの分身か。大学時代にビクトル・エリセを知った映画好きの端くれとして、望外の喜びを感じる最新かつ不滅の一本。


FALL
Fall
監督:スコット・マン
2022年 イギリス・アメリカ
めちゃめちゃ怖かった! でも本当に怖いのは頂上に昇るまでの過程で、降りれなくなってからはそこまで楽しめる映画ではなかったのが残念。技術のあるフリークライマーなのに、なぜか軽率すぎて、後半の見応えがあまりない。アクシデントを想定した入念な準備・道具と技術・体力・筋力で、あの状況から降りる過程も見せてくれたら、擬似体験としてなおのこと恐怖を味わえたように思う。


対峙
Mass
監督:フラン・クランツ
2021年 アメリカ
以前観たセウォル号沈没事故の遺族を描いた韓国映画『君の誕生日』で感じたときのようないたたまれなさも思い出しつつ、今作で描くシチュエーションの凄みに次第に圧倒されていく。両極端な立場に置かれた遺族が、教会の一室でテーブルを挟み、緊張を保ちながら思いの丈を絞り出していく。当事者同士の対話を凝視しながら、ここにまで至った時間の重さも考えてしまう。素晴らしい作品だった。


縁路はるばる
Far Far Away
監督:アモス・ウィー
2021年 香港
香港版『モテキ』のようなラブコメだけど、知り合う女性たちがみんなしっかりイキイキしてるのと、中心部から離れた辺鄙なとこに住んでいるという設定が上手い。ハンナ・チャンが出てたのも嬉しい。島が多くて、船が交通手段として重要だったり、香港北部の中国国境地帯は一般立入禁止で住民以外は許可証がないと入れないとか、旅行者目線で見ても興味深かった。


哀れなるものたち
Poor Things
監督:ヨルゴス・ランティモス
2023年 アメリカ
フランケンシュタインやブラック・ジャックのピノコとはまた違った主人公ベラ誕生の衝撃。性と自我と言葉を知り、外の世界に導かれる彼女の無垢なる成長を通してあばかれる、哀れなるものたち。人間の業の肯定と否定。いやはや赤塚不二夫かフェリーニか。凄まじい映画芸術を体現してみせたエマ・ストーンを讃えたい。


ダーティハリー5
The Dead Pool
監督:バディ・バン・ホーン
1988年 アメリカ
昭和の終わり、1988年作。不適切にもほどがある御存知ハリー・キャラハン シリーズの最終作で原題は『The Dead Pool』。若き日のリーアム・ニーソンやジム・キャリー(当時はJames Carrey名義)、ガンズ・アンド・ローゼズも出演。弾切れで丸腰状態の凶悪犯に容赦無くドえらい武器の引き金を弾いて終幕という、映画は軽い仕上がりでもキャラはブレず。


ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ
The Electrical Life of Louis Wain
監督:ウィル・シャープ
2021年 アメリカ
絵描きとして「見ること」の大事さ。かつて猫をペットとして飼うことはお笑い草だった時代に、猫を描き続け、猫の地位向上に貢献したとされるイギリスの画家・イラストレーター、ルイス・ウェイン。家柄の身分こそ高かったものの、金銭面・精神面と何かと不安定だった彼を演じたベネディクト・カンバーバッチが素晴らしかった。ニック・ケイヴの登場も良かった。監督ウィル・シャープはミシェル・ザウナー(Japanese Breakfast)のベストセラー『Hマートで泣きながら』の映画化作品を今度監督するみたい。


ポトフ 美食家と料理人
La Passion de Dodin Bouffant (The Pot-au-Feu)
監督:トラン・アン・ユン
2023年 フランス
めちゃめちゃ食べたいと思うのはもちろん、ただ眼と耳だけでも美味しく味わう美しく至高の作品だった。かつて私生活でパートナー同士だったふたりの共演。劇伴を使わず、調理する音、食事する音、自然の音、生活する音だけで、なんとも心地よく芳醇さが伝わってくる。味を知り、味を学び、味を吟味し、味を極める。料理人の矜持。信頼で締める素晴らしさ。
