青の炎
監督:蜷川幸雄
2002年 日本
かれこれ6年くらい前の東京に出たての頃、わけもわからず最初にやったアルバイトがイベント会場設営の仕事だったのですが、その流れで半月ほど蜷川幸雄の舞台の裏方で大型セットを動かしたりする仕事もやったりしていたのを思い出す。蜷川幸雄にとって21年振りという映画監督作は貴志祐介原作の同名小説を映画化したもの。日本屈指の人気を誇るアイドル二人を起用したことで話題になったが、松浦亜弥の出演シーンは肩透かしを食らうぐらい限られたもので、映画は嵐の二宮和也で一貫された、彼のひとり芝居状態となっている。青春映画なりの若さ、青さは、21年振りという蜷川幸雄自身の映画への新鮮さとともに伝わってくる。
マルホランド・ドライブ
監督:デビッド・リンチ
MULHOLLAND DRIVE
2001年 アメリカ・フランス
なんとなくわけわからんのだろうなぁというイメージがあって、観るのを後回しにしてきたこの映画ですが、確かに一回観ただけではわけわからんながらも、かなりおもしろかったです。スローペースの展開から一転、ラスト30分は急にピッチが上がって、謎と謎を結びつけるシーンの断片があれよあれよと映し出され、なんとも不思議な興奮を味わってしまいました。結局、2回目を観て大方納得したわけですが、現実と幻想の倒錯した世界という、いかにもデビッド・リンチらしくもあり、舞台のハリウッドらしくもある、なかなか秀逸な出来映えであります。
DOGTOWN & Z-BOYS
監督:ステイシー・ペラルタ
DOGTOWN & Z-BOYS
2001年 アメリカ
スケートボードに何の思い入れもないが、この映画はおもしろい。1970年代、退廃したビーチに集まるサーファー達が結成したスケーターチーム、Z-BOYSのドキュメント。彼らは波乗りの要領を活かして過激にダイナミックなスケートボードの革新的なスタイルを確立し、他人の家に不法侵入して干上がったプールでスケボー三昧の日々から一躍名声を得たのだった。成功と引き換えにチームは解散し、バラバラになった個々の未来が平等に輝いていたわけではない現実。遊びのパイオニア達のプロジェクトXに中島みゆきが似合うはずもなく、彼らにとってのスケーターミュージック、ジミ・ヘン、ツェッペリン、T-REX、ストゥージズからバズコックス、DEVOにいたるまで、ギンギンと呼ぶにふさわしい最高のロックンロールが全編にわたって流れている。この音楽編集能力が大変素晴らしく、これだけでも十分楽しめるほどだ。ナレーションは田口トモロヲに負けじと『ミスティック・リバー』が大評判な俳優ショーン・ペンが引き受けております。
8人の女たち
監督:フランソワ・オゾン
8 FEMMES
2002年 フランス
8人8様、カラフルで艶やかなフランス代表クラスの名女優による演技合戦ということで、さすがに魅せる魅せる。オシャレにキメキメなビジュアルと彼女たちの魅力でカモフラージュしつつも、時代設定が古いので映画としてはユルい方向でまとまってますが、オゾン監督特有のブラックな毒も微量ながら盛り込まれております。エマニュエル・ベアールのメイド姿は思いっきり反則な気もしながら、案の定、旦那様と関係していてお見事としか言いようがない。若手組ヴィルジニー・ルドワイヤンと『焼け石に水』に引き続いてのオゾン作品出演となるリュディヴィーヌ・サニエは思わず目で追ってしまうほど魅力的。アメリカのトップ女優を8人並べてもこの映画は作れないと思わせる、フランス女優の素晴らしさに見入ってしまった。
バトル・オブ・シリコンバレー
監督:マーティン・バーグ
PIRATES OF SILICON VALLEY
1999年 アメリカ
アップルのスティーブ・ジョブズとマイクロソフトのビル・ゲイツ。現代のコンピューター社会を築いた有名すぎるこの二人を学生時代から遡った半生を描いたこの作品は、ノア・ワイリーとアンソニー・マイケル・ホールのなりきり演技も良く、あくまで人物像を中心に描いているので誰でも楽しめる内容ではあるが、ちょっとでもパソコンに興味があるならかなりおもしろく観れるはずだ。常に理想を追い求め、業界をリードしてきたジョブズに対し、ハッタリと商売人的嗅覚が天才的に冴えまくって成功したゲイツ。成功と失敗、パクりパクられのコンピューター業界。彼らの創世記におけるIBMとゼロックスのバカっぷりを見るに、大企業ってつくづく哀れだなぁと思う。世の中を激変させてしまったのが強烈にヘンな人達というのは、なんとなく誇らしい。映画ではフォローしてないが、ジョブズはアップルだけではなく、いまをときめくPIXERも作ったのだから凄いよなぁ。
岸和田少年愚連隊 カオルちゃん最強伝説 番長足
監督:宮坂武志
2003年 日本
竹内力、史上最高の壊れ役、カオルちゃんがここに再び! 定時制高校を舞台に少林サッカーとくっつけてみましたという安易な企画も、カオルちゃんという圧倒的にオリジナルなキャラによって、超B級へとスケールアップしてしまうところがすごい。また超B級にふさわしくゲストも船木誠勝、ムルアカというビデオ映画のフットワークの軽さを感じさせるワンダーな人選も見逃せない!
モロ・ノ・ブラジル
監督:ミカ・カウリスマキ
MORO NO BRASIL
2002年 ドイツ・フィンランド・ブラジル
カウリスマキの兄の方、ミカ・カウリスマキによるブラジル音楽大好き追っかけドキュメント。ブラジルインディオ現住民族の儀式的な歴史の根本を感じさせる祭囃子としてひたすら打ち鳴らされるリズムに始まり、サンバはサンバであれど現代までサンバなりに移り変わっていった様々なスタイルのブラジルミュージシャンたちがめまぐるしく登場する。ライ・クーダとヴェンダースが追っかけした『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の面々がそれなりのオーラや説得力があったのに比べると、ブラジルの彼らは皆、一様にどこか素人臭いというか垢抜けない雰囲気があって面白い。ミュージシャンに限らずとも音楽と身近に暮らしていることが素敵に思えます。
マッドマックス
『マッドマックス』
監督:ジョージ・ミラー
MAD MAX
1979年 オーストラリア
『マッドマックス2』
監督:ジョージ・ミラー
MAD MAX 2
1981年 オーストラリア
『マッドマックス/サンダードーム』
監督:ジョージ・ミラー、ジョージ・オギルヴィー
MAD MAX BEYOND THUNDERDOME
1985年 オーストラリア
マッドマックスシリーズ全3作をまとめて観なおす。まずはパート1。メル・ギブソンがとにかく若く、短髪のハンサムボーイぶりは今となってはすごく新鮮かも。当時は無名で演劇学校に通っていたという話だけに、メル・ギブソン主演と言えど、超低予算映画だったということは映画を観れば一目瞭然だ。しかし低予算だからこその斬新なアイデアが見事に冴えまくっている。登場するマシンへのこだわり、速い車はカッコイイと単純に思わせるスピード感溢れる映像と復讐の鬼となったマックスのキャラクターが強烈な印象を残すのだった。傑作。パート2は現代劇だったパート1からいきなり時代が飛んで核戦争後の未来が舞台。子供の頃に観た記憶があったのは、どうやら「2」だったようだ。パート1とのつながりは特になく、未来なのか原始なのか何だかエラいことになっているアナーキー加減がいかにもマッドマックスでおもしろい。問題はパート3だ。いちばん金がかかってはいるが、なんだこれ!? メル・ギブソンもよく出演したなぁと思えるほどガッカリの出来。敵の女ボスがティナ・ターナーというのも謎びっくりだが、最後の最後でマックスを追い詰めたかと思ったら高笑いして去って行くという物凄いオチをやってくれている。これ以上、続編が作られなかったのも納得と言ったところで、なんとパート4製作中とのニュースが! メル・ギブソン&ジョージ・ミラーのタッグはそのままとのことだが、期待していいのやら。インターセプターは復活するのか?!
セッション9
監督:ブラッド・アンダーソン
SESSION 9
2001年 アメリカ
夜中に観ても全然眠くならない、久々に手応えのある強烈な心理サスペンスだった。ストーリーに関しては半分以上が実際の筋とは関係ないことだったりするのだが、閉鎖された精神病院という舞台がとにかく怖い! 宮崎にはコツコツトンネルと呼ばれる恐怖スポットがあるのだが、そのトンネルの先には廃病院がある。そこも外見からして相当恐ろしいオーラを放っているところだったのだが、何を思ったか若かりし頃に中を覗いたことがある。物が異常に散乱してて、真っ昼間でもそれはそれは不気味でさすがに本気で怖かったものです。そんな思い出もありつつで、この映画の雰囲気だけで十分スリリングでありました。
ロジャー&ミー
監督:マイケル・ムーア
ROGER & ME
1989年 アメリカ
今年『ボーリング・フォー・コロンバイン』でアカデミー賞まで獲ってしまい、一躍有名になったマイケル・ムーアの長編ドキュメンタリー第一作。彼の地元ミシガン州フリントがゼネラル・モータース社の工場閉鎖を契機に失業者が溢れかえり街が荒廃していく資本主義社会下の不況の悲劇をまざまざと写し出している。この地元の現実をGMの会長ロジャー・スミスに見てもらいたいと彼らしく様々な接触を試みているわけだが、今作での突撃取材の成果はほとんど得られなかったのが現実だ。まだヒゲもなく若かったということなのかもしれないが、映画が各所の映画祭で賞を獲るなど認められたことは、彼のキャリアにとって非常に大きかったのではないだろうか。巨大なホテルやテーマパークを建設して、あっという間につぶれてしまう有り様は、僕の故郷宮崎に似て、いろいろと思ってしまう。この映画製作のために彼はあらゆる私財を売り払うだけに足らず、地元で賞金付きビンゴ大会を開催して資金を賄ったらしい。東京都のお台場カジノ計画も、実現していれば物凄い財源を生み出していたのかもしれない。